吾愛吾師(2)

「やれば終わる」

ステップアップUの榎本先生が月例の単語テストの前に何気なくつぶやいた名言である。張り詰めた教室の雰囲気が一気に和やかになった情景は今もありありと覚えている。

ステップアップUは、『実用漢語課本W』を使って、中国の歴史を中心に学んでいく授業で、一ヶ月4回で一課ずつ進み、その課の4回目に単語テストを行うことになっている。

時々、学生から「発音が悪い、聴解力がない、どうしたらいいか」と質問されるが、単語そのものの発音を覚えていなかったり、曖昧なまま使っていることからそうなったのが多いような気がした。語学学習の基本中の基本の単語力を高めることで、理解力を高め、発音にプラスになるのではと思い、単語テストを実施することにしたのである。70ぐらいの単語について漢字からピンイン、ピンインから漢字へ直すという形式で行ったところ、最初の内は、戸惑っていたようですが、段々と慣れてきて、毎回のテストを楽しみにしているような方もいた。

平均80点、頻繁に100点満点を取る常連さんもいた。毎回、一心不乱に書き込む姿を浮かべながら、丸をつけていく作業も楽しかった。

そのクラスでは、他にも楽しみがあった。もともと歴史が大の苦手だったため、この授業は私にとって大きなチャレンジでもあったのだが、皆さんと一緒に勉強していくうち、資料を探したり、史実を確認したりすることが楽しくなり、興味を持てるようになった。学生の皆さんのほうが中国の歴史について豊かな知識の持ち主ばかりで、私が皆さんから沢山のことを教わってきたように思う。また、関係資料を探してくれたり、写真を持ってくれたりして、一緒に授業を作っていく仲間が大勢いて、「互教互学」のクラスでもあった。私の未熟さを暖かく見守ってくださる方々に囲まれ、一緒に学びながら、今日に至った。社会経験、人生経験の豊かな方々が多いだけに、時々、その一言、一言に大変考えさせられ、はっと思わせられることが多かった。

「やれば終わる」もその内の一つである。この言葉は、どんなことに関しても適している真理であるように思える。どんな結果であれ、やった分だけ足跡が残ることになる。その足跡には綺麗な形でしばらく鑑賞せずにはいられない素晴らしいものもあれば、すぐに消してしまいたいようなものもあるに違いない。しかし、その一つ一つの連続は、遥か遠くに眺められる山頂へ続く軌跡であり、梯子の一段々でもあると言えよう。色々な風景がこのように光と影を共鳴させながら、私たちの歴史を彩る音階となり、過去を振り返る際の追憶の手掛かりにもなるだろう。それは時間と空間を超越し、いつか鮮明になっていく「人生」というパズルの一かけらとなるのだろう。

どの人もぴたりと嵌める一枚の自分史飾る最後のパズル


 私が担当したステップアップUが3月16日を持って、最後の授業を迎えることになった。他の仕事のため、バトンタッチすることになったが、何とも言えぬ寂しい気持ちで一杯だった。最終日は、慣例なら単語テストの日となっていたが、皆さんの期待に背いて、テストが行わなかった。クラスの方々は、有終の美を飾ろうと一所懸命に準備してきたに違いない。そのことは、クラスに入った時の空気、テストがないと聞いた後の皆さんの落胆した表情からも読み取れた。一瞬、自分の決定がもしかしたら間違ったのではと思ったが、敢えて計画通りにテストをやらないことにした。なぜなら、語学学習は、山頂のない登山のようなもので、「上には上があり」、登ろうとすれば、いくらでも上に登れるが、結果よりその途中の道行きこそが味わい深いのではないかと思うからだ。「未完成の完成」で最後の授業は終わった。

 「やれば終わる」は、中国語でどう訳せばいいのか。何人かの方に聞いてみたが、

「只要開始」

「不干不完」

「没有開始没有結束」

「千里之行始于足下」

「沖刺既在起pao3之中」

といろいろな返事があったが、あなたならどう訳すだろう。